フェアリーテール写真.JPG
予定通りの時間に、扉が開いた。言わずと知れたいつもの常連さんである。
『いらっしゃい!』と声をかけ、ハイボールをつくって角の席へ運んだ。
「マスター。今日は、すぐ帰りますから。」
『そ、そうなの・・・。ところで、誕生会はどうだった?』
「楽しかったよ。でも、プレゼントを渡せなかった・・・。タイミングがなくて・・・。」
『酔っ払って、忘れたとかじゃないの!』と返した時に、また、扉が開く音がした。

『いらっしゃいませ!』と扉の方へ声をかけた。
「こんばんは!」と声を出しながら一組のカップルが入ってきた。
『どうぞ、こちらの方へ』と、真ん中よりの席にご案内し、オシボリを渡し、お二人の前にコースターを置いた。
「マスター!お久しぶりです!」
『ホントですね、4年ぶりですか。』
「もう、そんなになるんだ・・・」と言う女性の方へ向くと、また男性から声がした。
「妻です。一年前に結婚しました。」
『そうですか。あの頃は、学生さんでしたね。』
「はい。大学がこっちで、そこで知り合って・・・。」
『おめでとうございます! ところで、何にしましょうか?』
「えっと。僕は、ウイスキーのロックを、妻には何かカクテルをつくって下さい。」
『かしこまりました。』と返事をして、バック棚を見渡して、まずウイスキーを取り出し、カウンターの上に置いた。それから、ピーチ・リキュールとアプリコット・リキュールとブルーキュラソーを取り出し、同じように並べた。ライムを一個搾り、その並んだボトルの横に置いた。そして、冷しておいたカクテル・グラスにレッドチェリーを一個入れて準備をした。
シェーカーに材料を入れ、氷を加えて、すばやくシェーク。静かな店内に透き通るような金属音響いた。シェーカーのトップを外して砕けた細かい氷とともに薄い緑色の出来たばかりの液体をグラスに注いだ。
『はいどうぞ。お待たせしました。』と言ってカクテルを出し、ご主人には、丸い氷を一個入れたロック・グラスにウイスキーを注いで、静かにコースターの上に運んだ。乾杯の声と一緒に、それぞれグラスを口に運んだ。
「美味しい!それに色がすごくキレイ・・・。」の後、ご主人からも声がした。
「このウイスキーも美味いよ。香りもいい。」

『カクテルは、“フェアリー・テール”と言う名前です。18年ぐらい前に、ある女性のお客様が、その時につくったオリジナル・カクテルに名前を付けてくれたもので、“妖精が出てくるお伽話”と言う意味だそうです。それ以来、当店のメニューにもその名前で載せているんですよ。
ウイスキーは、国産で“白州12年(サントリー・シングルモルト・ウイスキー)”です。』
「かわいい名前だね。」と二人で目を合わせ、すぐにご主人が口を動かした。
「僕の職場は、山の中の自然公園施設なんです。回りには森があって、ホントに妖精が居そうな場所なんですよ。」
『そうですか、羨ましいですね、そういう所で仕事ができて・・・。』
「妻には、少し不便な思いをさせているけど、気に入っているんです。自然に囲まれてて、いつか子供ができたら、いっぱい遊ばせてやりたいと思っています。」
『そのうちに、可愛い“幼生”を授かりますよ。』と答えた後、二人のそばからしばらく放れた。

常連さんのハイボールが空になっていた。お代わりをつくって角の席の前に行き、新しいものと取り替えた。その時、ご主人のグラスの氷が鳴る音が聞こえた。

「マスター!今日はこれで帰ります。美味しいウイスキーとカクテル、ありがとうございました。」
『こちらこそ、ありがとうございました。また、寄って下さい。』
「はい。妻の実家はこっちなので、また、寄ります。」
『そうそう、お出ししたウイスキーも、森の中で育ったものなんですよ。』
「そんな、香りがしてました。」と話しながら、外まで見送った。

店の中に戻り空になった二つのグラスを下げ、洗った後、拭き上げながら常連さんの方へ身体を向けた。
『ところで、さっきの話しの続きだけど・・・。』
「マスターに頼みがあって・・・、このプレゼントのグラスを預かって下さい。ここに一緒に来た時に渡したいから・・・。」
『そう言うことなら、喜んで引き受けましょう。』
「よかった。今日は、そのお願いで来たんです。では、これで・・・。」
『えぇ、もう、帰るの!』
「少し、風邪気味で・・・。」
『今流行のインフルエンザじゃないでしょうね。』
「ち、違いますよ。たぶん・・・。」
『明日、病院に行って検査して下さい。“ようせい”かもよ。』
「僕に、“妖精”は来ないでしょう。」
『その“ようせい”じゃありません。』
「あぁ、そっちね。当りかも・・・。」

マンハッタン写真.JPG
『お代わりは?』と角の席のいつもの常連さんに声をかけた。
「じゃぁ、同じの・・・。」と気持ちも目線もどこか遠くを向いてるような返事の常連さんにハイボールをつくり空のグラスと取り替えた。
『はい!どうぞ!』
「あ、ありがとう。ねぇ、マスター!」
『はい。なんでしょう?』
「もうすぐ、“誕生会”なんだよ。その事を考えるとなんか緊張してさ・・・。」
『同級生の彼女からのメールがまた来たみたいだね。』
「そうなんですよ。なんで知っているの!」
『いつも、ハイボール飲んで、酔って嬉しそうに話してるじゃないですか。』
「そ、そこなんですよ。問題は!酔ってて話したことを憶えていないんですよ。」
『よくあることじゃないの。』
「そうだけど、彼女は本気みたいだし、もう、付き合っていると思っているみたいなんです。」
『酔って、口説いて、あっさりOKで慌てているって感じだね。』
「そうそう、まさしく。」
『まるで、“マンハッタン”みたいだね。』
「マ、マンハッタン?」

『今日はもう、他にお客さんも来そうにないから、特別にカクテルをプレゼントしましょう。』
「えっ、それって、彼女が出来た時のお祝いじゃないの?」
『お祝いは、本当に付き合い出して、二人で来たときに出してあげますよ。』
といって、バック棚からウイスキーを取り出し、冷蔵庫からスイートベルモットを出して、カウンターの上に並べた。そして、カクテルピンに刺したレッドチェリーと、レモンピールを一枚、小皿に用意した。
ミキシンググラスを取り、氷を入れて少しだけ水を足し、バースプーンですばやくステアした。ストレーナーを被せ、その中の水を捨て、冷やしておいたカクテルグラスを常連さんの前に用意した。そして、氷の入ったミキシンググラスに、アンゴスチュラ・ビタースを一振り入れ、ウイスキーとベルモットを加えてステアし、ストレーナーを被せ、右手の人差し指で押さえながら、静かにカクテルグラスへ注いだ。チェリーを入れ、レモンピールを絞りかけたら出来上がりだ。

『はい。どうぞ。“マンハッタン”です。』と言って、空のハイボールのグラスと差し替えた。
「マンハッタンってカクテルの名前なんだ。」
『そうです。キレイでしょう。』
「チョッと濃い目の琥珀色に、赤いチェリーがいい感じだね。」と言いながらカクテルを口に運んだ。
「う、美味い!ハイボールとはぜんぜん違うね。」
『あたり前です。カクテルの女王と呼ばれているものですよ。』
「へぇ、そうなんだ。で、なんでこれを僕に出したんですか。彼女は僕にとって女王様みたいなものだから?」
『ほう、面白いね。それも一理あるね。でも、本当の意味は、その名前です。』
「マンハッタンって地名でしょ?」
『そうですけど、何でマンハッタンなのかなんですよ。』
「で、なんなんですか。早く教えてくださいよ。」と言って、カクテルをまた一口飲んだ。

『それはね。昔々、マンハッタンにまだインディアンが住んでいた頃の話で、オランダ人が、その土地を植民地にしようと、インディアンの酋長に酒を飲ませて契約をさせたんです。その後、酋長は、あの時は“酔っていた(マンハッタン)から、無効だ”と叫んだんだって。その“酔っ払った”という意味のインディアン語が地名になったと言われているんだよ。』
「そ、そうなんですね。」と話して、また遠くを見るような目になり、少し静かな空気になっていた。
店の入口の壁の棚に置かれたJBLのスピーカーからは、“As Time Goes By”が聞こえていた。もっともBARらしい何ともいえない雰囲気だ。
常連さんのグラスは、いつの間にかチェリーだけになっていた。
「マスター!ハイボールをつくって。」
『はい。私も一緒にいただきます。』と言って二杯のハイボールをつくった。

「高校時代、気にはなっていた女性だったんです。その子は・・・。」
『酔ってたとはいえ、素直な気持ちで、昔、言えなかった言葉を口にしたんでしょうね。』
「そう。だから緊張するんです。いつもの僕の展開じゃないから・・・。」
『テレビドラマが最終回に近づいているような展開だね。』
「最終回?」
『いえいえ、こっちの話しです。ところで、プレゼントは用意したんですか?』
「グラスでしょう。もちろん準備してます!」
『ちゃんと名前を入れたんでしょうね?』
「入れましたよ。名前のイニシャル“M”だけ刻んでもらいました。」
『Mちゃんですか?』
「はい。」
『あっ!マンハッタンもMですよ!』
「ホ、ホント!ぐ、偶然・・・。」

マルガリータ写真.JPG
『いらっしゃいませ!』と入口の方へ身体を向けた。
「こんばんは!ご無沙汰しててごめんなさい!」と笑みを浮かべながら一人の女性が入ってきた。
『ホント、久しぶりですね。』と返しながら、オシボリを渡し、コースターをその女性の前に置いた。
「仕事を辞めて、母の介護で、なかなか出れなくて・・・。」
『そうだったんですね。ところで、何にしましょうか?』
「そうね、やっぱりアレかな、悲恋のカクテル!」
『はい。かしこまりました。』と答えて、バック棚の方を向き、コアントローを取り出し、冷凍庫からテキーラを出してカウンターの上に並べた。ライムを1個搾り、その横に置いた。
冷蔵庫からカクテルグラスを取り出し、グラスの縁をレモンで濡らした。皿の上に広げた塩の中にグラスの縁を回しながら軽く押し付ける。そうすればグラスの縁全部にキレイにお塩が付いてくる。
グラスを軽く叩いて余分な塩を落とし、カウンターの上に置いた。シェーカーの中に材料を入れ、氷を入れて素早くシェイクする。そして、塩の付いたカクテルグラスに静かに注いだ。
『はい。どうぞ、“マルガリータ”です。』と言って、その女性のコースターの上に運んだ。
「このカクテルには、色々思い出があるわね。」と言って、グラスを握り、一口飲んでコースターの上に戻した。
「うん、美味しい・・・。」
『仕事も、恋愛も頑張ってましたね。』
「仕事はそれなりにこなして来たけど、恋愛はなかなか実らなかったわね。」
『マルガリータは、悲恋の話しだけじゃないんですよ。』
「そうなの?“猟に行ったとき、流れ弾が当たって彼女が亡くなり、彼女との思い出をカクテルにして、その彼女の名前を付けた”という話ししか知らないけど。」
『もう一つあるんですよ。僕の同級生がニューヨークにいるときに、新聞に載っていたマルガリータの話しが・・・。』
「悲恋の話じゃないんだ。」
『そうなんです。仲のいい夫婦の話で“好きな夫から、誕生日に自分の名前のマルガリータと刻まれたグラスをプレゼントされ、そのグラスでオリジナルカクテルをつくって、ホームパーティーでお客様に出していたのが広まって有名になった”という話しなんですよ。』
「幸せな話しなんだね。」
『でしょう。』
「マルガリータって、あの頃の私にピッタリのカクテルだと思ってた…。」
『いえいえ、これからのあなたにピッタリだと思いますよ。』
「えぇ、どういう意味?」
『風の噂で聞いただけですけど・・・。』
「そう?もう届いていましたか。ここまで。」
『おめでとうございます。』
「あ、ありがとう。入籍だけ済ませました。母のことがあるので・・・。」
『落ち着いたら、パーティーでもしたら?お手伝いしますよ。』
「うん。その時はお願いします。」
と言って残りのカクテルを飲み干した。そして、一瞬、静かな空気が流れたあと、椅子が動く音がした。

「マスター。帰ります。マルガリータ、ますます好きになりました。」
『ありがとうございます。今度は、彼と一緒に来て下さい。』
と話しながら扉の外まで見送った。

店の中に入り、椅子を綺麗に並べ、空のグラスを下げカウンターの中に戻った。
洗い終わったグラスを拭きあげているときに、扉の開く音がした。
いつもの常連さんが、いつもの時間より2時間ほど遅くに入って来た。
『いらっしゃい!遅かったね。』
「一応、サラリーマンですから残業もありますよ。ところで、いつものを!」
『はい、はい。ハイボールね。』と答え、いつものウイスキーのソーダ割りをつくって、コースターの上に運んだ。
「う、美味い!そうそう、マスター、聞いてくれる?」
『何でしょう?』
「夏に、高校の同窓会があってね、二次会で盛り上がってさぁ、その時に一緒だった女(こ)からメールが来てたんだよ。」
「今度、誕生会をするから参加してって…。」
『いいじゃないですか。チャンスですよ。』
「そ、それがね。名前だけで、どの女(こ)か分からないんですよ。酔ってて、持ってた名刺を全部配っちゃたみたいで…。」
『大丈夫!プレゼントでも買って参加しなさい!』
「プ、プレゼント?」
『そうそう、その彼女の名前入りのグラスにしなさい!』
「えぇ、そんな柄じゃないけど…。」

ハネムーン写真.JPG
カウンター角の席から氷の鳴る音がした。
『お代わりしようか?』
「じゃぁ、もう一杯飲もうかな…。」といつもの常連さんが、少々疲れた様子で声を出した。
『はい。どうぞ!ハイボール!』とお代わりを空のグラスと取り替えた。
『どうしたの?元気がないね。』
「夏バテですよ・・・。」
『それだけ?』
「何を聞きたいの。いつもと一緒です。まだ、彼女も出来てませんよ!それらしき人も見つかりません!」
『わ、わかりましたよ。もう、聞きません!』と常連さんに返したところで、
扉の開く音が聞こえた。

『いらっしゃいませ!』と入口の方へ声をかけた。
「こんばんは。」と声を出しながら女性とその後ろから男性が入ってきた。

ほぼ一月に1度はお見えになるお客様で、やさしそうなご主人とそのやさしさに最大限甘えてらっしゃる12歳年下の奥様の二人である。席をご案内し、オシボリを渡し、二人の前にコースターを置いた。

「マスター。聞いてくれる?」
『はい。何でしょう?』
「ここに来る時は、いつも車の中で喧嘩になるんですよ。」
『そうですか!喧嘩するようには見えませんよ。』
「それがね。帰りは、どっちが運転するかって、いつももめるんです。」
『で、今日はどちらが?』
「主人が運転手で、私が飲みます!」
『前回もそうだったような気がしますが?』
「いつも、僕が運転手なんですよ。」とご主人から声がした。
「そんなことないです!この前、久留米に行った時は、私が運転したじゃない!」と、すかさず奥様から声が帰ってきた。
『まぁ、まぁ。もめるのは車の中だけで・・・。ところで、何にしましょうか?』
「あら、ごめんなさい。注文もしないで・・・。」
「僕は、ソフトドリンクで。」
「私は、ショートカクテルをお願いします。」
『かしこまりました。』
と声を返し、バック棚を見わたした。そして、カルバドス(アップル・ブランデー)とベネディクティンとオレンジキュラソーを取り出しカウンターの上に置いた。レモンを1個絞りその横に並べた。
シェーカーを取り出し、材料を入れ、氷を加えて素早くシェイクし、冷しておいたカクテルグラスに静かに注いだ。そのカクテルを奥様の前のコースターの上に運んだ。ご主人には、氷を入れたグラスにライムを搾り入れ、ジンジャーエール満たし軽くステアしてお出しした。
『はい。どうぞ、お待たせいたしました。』
お二人は、それぞれグラスを持ちカチッと音を鳴らして、一口飲んでコースターの上に戻した。
「ちょっと強いけど、甘酸っぱくて美味しい。」と奥様の方から声が聞こえた。
『“ハネムーン”という名前のカクテルなんですよ。』
「ハネムーンですか!新婚じゃないのに?」
『仲のいいご夫婦じゃないですか。まだまだ新婚さんのように見えますよ。』
「そうですか。」
『いつも、羨ましいと思っていました。』と言ったあと、ご主人から声がした。
「妻は、ここに来るのが楽しみなんですよ。車の中では、もめますけどね・・・。」

奥様は、笑みを浮かべながらカクテルをまた口に運んでいた。そのカクテルが空いたのと同時に、ご主人が、また口を動かした。
「マスター。そろそろ帰ります。また、来月お邪魔します。」
『ありがとうございます。お気を付けてお帰り下さい。』とお二人を扉の外まで見送りをした。
カウンターに戻り、空のグラスを片付け、常連さんの前に行った。

「マスター!お代わり!」
『おやおや。元気になったみたいだね。』と声をかけながら、空のグラスを下げた。そして、ハイボールを二杯つくり、一つは常連さんの前に運んだ。
「マスターも飲むの!」
『いいじゃないですか!あなたの将来に乾杯するんですよ。』
「僕ね、決めましたよ。あのご夫婦を見てて・・・。」
『何を決めたんですか?』
「一回りぐらい年下の妻が、いつまでも甘えていられるような、そんな夫になることをです!」
『えぇ!甘えん坊はあなたでしょ!』
「ちゃんと見つけて、そうなります! その時は、カクテルをおごってよ!」
『わ、わかりました。約束しましょう!』
「ヨシッ!」

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「ねぇ。マスター。」と角の席から声がした。いつも常連さんが来たのは、店の開店とほぼ同時だった。1杯目のハイボールは、ビールのごとく喉に一気に流し込んでしまい、2杯目も半分ぐらい飲んだ後だった。
『はい、何でしょう?』
「最近、“ハイボール”が人気なんだって?」
『そうですよ。居酒屋ではジョッキで出してるぐらいですよ。』
「ここでも、よく出るの?」
『お陰様でね。毎日、よくつくってますよ。』
「僕のお陰だね・・・。」
『えっ、何か言った。』
「い、いや。何も・・・。ところで、今日は、暑かったですよね。」
『40度ぐらいあったらしいよ。』
と、ちょうど会話が終わった時に、扉が開いた。

『いらっしゃいませ!』と入口の方へ声をかけた。
「マスター。こんばんは!」とハモルように声を出しながら、三人の女性が入ってきた。
『おやおや、三人お揃いじゃないですか!お久しぶりです。』
と話しながら、席を案内し、オシボリをそれぞれにお出しした。
「マスター。三人で会うの、久しぶりなんですよ。」と三人の中の仕切り役の女性が話し、その後に続いてもう二人からも声がした。
「マスター。私は母が病気で中々出れないんです。でも、今日は、子供が見てくれるって言うから、やっと来れました!」
「私は、いつも仕事が終わるのが遅くて、でも、無理して合わせましたよ。ここに来るために!」
『ありがとうございます。三人揃うと、相変わらずパワーがあるね。ところで何にしましょうか?』
「さっきまで、ビアガーデンにいたんですよ。熱くて熱くて、何か冷たいのを下さい。」
「私たちも同じ物を!」と二人からも声がした。
『かしこまりました。』と返事をし、バック棚からホワイトラムとマラスキーノを取り出し、グレープフルーツとライムを搾り、カウンターの上に一緒に並べた。そして、ミキサーのカップを本体から外してその中に材料を三人分入れ、クラッシュアイスを加え、本体に戻して、スイッチを入れた。
店内には、モーターが回る機械音と一緒に氷の砕ける音が響いていた。
『ちょっと、うるさくてすみませんね』と三人の女性と常連さんに声をかけた。
スイッチを切り、ちょっと大き目のグラスを3つ並べ、そこに注ぎ分けて、ミントの葉とライムを飾り、ストローとスプーンを添えたら出来上がりだ。
『はい。どうぞ。“フローズン・ダイキリ”です。』と会釈しながら、三人のコースターの上に運んだ。
「うわぁ、カキ氷みたい!」「いただきます!」と三部合唱のように店内に声が響いた。
「美味しい、さっぱりしてて、何か体が気持ちいいね。」とその中の一人が声を出し、他の二人は、カクテルをすすりながら「うん、うん。」と頷いていた。
『暑かったでしょうから、フローズンにしましたよ。かの有名なヘミングウエイがこよなく愛したといわれているカクテルなんですよ。』と話しかけた。

三人の女性も、冷たいカクテルで少し落ち着いたのか、店内は、さっきまでとは違って静かになっていた。しばらくして仕切り役の女性が口を動かした。
「マスター。私たち三人、いつも同じなんですよ。前も話したかもしれませんが、結婚した時期も、子供が生まれた時期も、そして、離婚した時期も・・・。」
『そうなんですね。まぁ、ウマが合う三人組みでいいじゃないですか。』
「ここに来るのも、三人でって決めてるんです。」
『飲むカクテルも、いつも同じ物ですね。』
「そうそう、好みも一緒なんです。何か変ですよね。」
『そ、そんなことないですよ。仲がいい証拠じゃないですか。』
「ですよね。」と会話が続いた後、少し間をおいて二人の女性からも声がした。
「今日は、来てよかったです。癒されました。」
「ホント、よかったね。母のことも心配だけど、来てよかったです。」
「また、三人で来ようね。マスター!今日は、これで帰ります!」と仕切り役の女性に声が変わった。
『ありがとうございます。またお待ちしてますよ。』と返事をして、外まで見送りをした。そして、カウンターの中に戻り、空のグラスを下げ、いつもの常連さんの前に行った。

「女性三人組のパワーはすごいね。お代わりの声も出せないぐらいでしたよ。」
『すみませんね。気付かなくて・・・。』
「いえいえ。ところで、今、ハイボールと同じように流行ってるのがあるって知ってる?」
『えぇ、何ですか?』
「“婚カツ・パーティー”ですよ。」
『ほう、それは参加しないと。でも、あなたにはパワーが足りないからね。』
「そ、そんな・・・。」
『自己アピールするには、パワーがないとね。』
「そ、そうか。さっきの三人にパワーを分けてもらえばよかった・・・。」
『ホント。そのとおり!』