「マスター!」といつもの角の席から声がした。
『はい。お代わりですか?』
「それもだけど、マスターの血液型って何型なんですか?」
『お店を見れば分かるでしょ!典型的なA型ですよ。』
「やっぱりねぇ。だから僕と相性がいいんだ。僕、O型なんですよ。」
『そ、そうなの・・・。』と返事をしながら、お代わりのハイボールをつくって常連さんの、空のグラスと取り替えた。
「実はね。MちゃんもA型なんですよ。」
『良かったじゃない。相性が良くて。』と話しを返した時に、また扉が開く音がした。
『いらっしゃいませ!』と入ってきた一人の女性に声をかけた。
「マスター、こんばんは!」と声が返ってきた。
『あら、今日は、お一人ですか?』と話しながら、真中あたりの席を案内した。
「遠征試合で、こっちにいないんです。」
『そうそう、新聞見ましたよ。勝ちましたね。それも逆転勝ちでしたね。』
「はい!その報告に来ました!ホントは一緒に来たかったんですけど・・・。」
『ところで、お飲み物は?』
「もちろん。あの時、彼が飲んだものと同じのを。」
『かしこまりました。』
と返事をして、銅製のマグカップを用意し、冷凍庫からウオッカを出して、カウンターの上に置いた。8分の1にカットしたレモンを準備し、トニックウォーターと炭酸も一緒に並べた。
カクテルをつくりながら、先週末に二人で来られたときの事を思い出していた。
たまにお見えになるカップルで、彼がハンドボールの選手だという事は以前に教えてもらっていた。
「マスター!最近、勝てないんですよ。次の試合は、大事な試合なんです。勝ちたいんです。」と話しを聞きながら、お奨めのカクテルをお出しした。
『このカクテルはスカイボールという名前なんですよ。何か、ハンドボールのボールが飛んでるみたいな名前でしょ。』
「へぇ、スカイボールですか?サッパリしてて美味いなぁ。」
『このカクテルを飲んで試合に挑めば勝てるかも。そういうジンクスが誕生すればいいですね。』
と、あの時話していた。そのカクテルは、マグカップにレモンを搾りウオッカを入れ、トニックウォーターと炭酸を半々注いで軽くステアしたものだ。
出来上がったカクテルを彼女の前のコースーターの上に置いた。
『はい、どうぞ。“ジンクス”のスカイボールです。』
「あぁ、ホントに爽やかで美味しい!」と声がした。そして、すぐ続けてまた声が聞こえた。
「ホントにジンクスになったかもしれませんね、マスター!逆転勝ちですよ。彼も涙が出るくらい喜んでました。もう、私も嬉しくて嬉しくて、勇気だして一人で来たんです。」
『わざわざ、ありがとうございます。完全なジンクスとは言えないけど、嬉しいですよ僕も。』
「たぶん、また、ホームでの試合の前は、二人でスカイボールを飲みに来ると思います。」
『分かりました。応援してますとお伝え下さい。』
「はい。伝えます。では、今日はこれで失礼します。」
『ありがとうございました。』
「実は、いつもは運転手で飲めなかったけど、遠征試合なので、代わりに私が飲みに来たんですよ。ジンクスを信じて・・・。」
『そうでしたか。きっと勝ちますよ。』と返事をして外まで見送りをした。
店の中に戻り、空のマグカップを下げ、いつもの常連さんの方を向いた。
「お代わりお願いします!」
『ほったらかして、スミマセンね。すぐつくります。』と洗うのをやめ、ハイボールをつくって常連さんの席の前に行き、空のグラスを下げて、コースターの上に運んだ。
『はい。どうぞ。』
「ねぇねぇ、さっきのジンクスの話だけど。」
『えぇ、血液型じゃなくて、今度は、ジンクスですか!』
「いやね、なんかその、この店に彼女を初めて連れて来て、二人でこのカクテルを飲めば、幸せになれる。というようなジンクスはないの?」
『ないね!』
「もう、そんなにあっさり言わないでよ。もうすぐ、Mちゃんと一緒に来るんですよ。」
『ないね、でも、一つだけ言える事があるよ。』
「なになに。」
『“角の席に、男性が一人で来て、ハイボールを飲むと、その日は暇になる。”というのが・・・。』
「えぇ、ぼ、僕じゃないですか!」
『はい。』