今年も早いもので、あと1ヶ月余りで終わってしまう。なのに、いつもの常連さんは、相変わらずマイペースだ。
『今年もあと一月だよ・・・。どうするの?』
「どうするのって、出来ないものは仕方ないでしょう・・・。僕だってそれなりに頑張ってるんですよ!」
『そうなの・・・。』と話しながら、お代わりのソーダ割りをつくり、空になったグラスと差し替えた。
『ねぇ。佐賀は、この時期が一番いい季節なんだよ。』
「分かってますよ!空には、バルーンが舞い上がり、夜は、イルミネーションで飾られ・・・。カップルには最高の季節なんでしょ!」
といつもの常連さんから答えが返ってきたのとほぼ同時に扉が開いた。
『いらっしゃいませ!』と扉の方へ声をかけた。女性二人のご来店である。
『どうぞ、こちらの方へ・・・。』と案内し、二人の前にコースターを出して、オシボリを渡した。
「あのぅ、私たち、大分のBARで聞いて来たんですよ。」
『大分?それはどうも、ありがとうございます。』
「一度、佐賀のバルーンを見たくて・・・。すごく奇麗でした!」
『佐賀の風物詩ですからね・・・。ところで何にいたしましょうか?』
「何か、佐賀ならではのカクテルが飲みたいです。」
『かしこまりました。』
バック棚から菱焼酎とコアントロー(オレンジのリキュール)を取り、佐賀産のみかんを絞った。それをシェーカーに入れ、最後にグレナデンシロップを少し加える。氷を入れ、すばやくシェイクする。グラスに注いで、氷を加えオレンジとチェリーを飾れば出来上がりだ。
『はい。お待たせしました。どうぞ!』と二杯のカクテルをそれぞれのコースターの上に運んだ。
「奇麗な色!甘くて美味しいね。」
「うん!美味しい!」
「名前を教えて下さい!大分でも飲めますか?」
『このカクテルは、佐賀の特産品の菱焼酎と佐賀みかんのジュースを使ったオリジナルカクテルなんですよ。バルーンフェスタ用にバーテンダー協会の佐賀支部で創作した物で“ソフトランディング”と言う名前なんです。』
「そうなんですか。佐賀でしか飲めないカクテルなんですね・・・。」
『まぁ、そういうことですけど、全国にも広がってほしいですね・・・。』
と話した後で、いつもの常連さんのお代わりの催促に気付いた。
カウンター角の方から空のグラスを下げ、同じウイスキーのソーダ割りを作って運んだ。
「マスター。佐賀のオリジナルカクテルがあるんだね。」
『知らないのは、あなたぐらいでしょう・・・。』
「有名なの・・・。」
『15年ほど前からバルーン会場で販売もしてたんですけどね・・・。』
「佐賀に住んでて、バルーンに行ったことがないしね。」
『一緒に行く相手がいなかっただけでしょ!』
「もう、ストレートに言わないでよ!」とやりあってる時に、氷の鳴る音がし女性の方へ振り向いた。
「マスター!ご馳走様でした。朝早かったので、これで帰ります。」と一人の女性から声がした。
『ありがとうございます。』
「また、来年も来ますね。バルーンを見に・・・。そして、ここにも・・・。」
『“ソフトランディング・・・”』
「はい!美味しかったです。」
『実は、その名前なんですが、バルーンニストの間で、別れる時に、“さようなら”の代わりに使われている言葉で“ご無事に、お元気で”と言う意味があるそうです。』
「えぇ、素敵ですね。」
『ぜひ、覚えておいて下さいね。ありがとうございました。』
と女性二人を見送り、カウンターの中に戻った時、常連さんから声がした。
「マスター!僕も帰るよ。」
『まだ、早いんじゃないの?』
「明日、バルーンでも見に行こうかな・・・。」
『珍しいね。一人で・・・。』
「当たり前ですよ!」
『んじゃ、朝早いでしょうし・・・。またね!』
「ちょっと!僕には言ってくれないんですか!」
『な、何を・・・。』
「“ソフトランディング”ですよ!」
『・・・。き、気を付けてお帰り下さい・・・。』
「もう・・・。」