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デパーチャー“ぷらざ10月号”

デパーチャー写真.JPG
最近、少し涼しくなってきた。10月に入り今年も2ヶ月余りで終わるのかと思うと、1年が経つのは早いものだと感じてしまう。
『相変わらず、ソーダ割りだね。』と、いつもの常連さんに話しかけた時、珍しく電話が鳴った。常連さんが居るカウンターの反対側に慌てて戻り、受話器を取った。30分後に2名様の予約の電話だった。
「予約だったの?」
『“二人で行くから、席を取っといてくれ”だって』
「電話しなくても、空いてるのにね・・・。」
『ちょっと、失礼じゃないの!』
「ごめんなさいです・・・。」
『実は、カクテルも予約されたんですよ。』
「飲み物までですか・・・?」と、やり合いながら、カクテルの準備を始めた。

バック棚からブルー・キュラソーとパルフェ・タムール(バイオレットのリキュール)を取り、冷凍庫からドライ・ジン出し、レモンを1個絞った。そして、シェーカーにその材料を入れた。あとは、お客様がお見えになったら、氷を入れて振れば出来上がりである。
準備が整ったのと、ほぼ同時に、扉が開いた。予定通りの登場だ。

『いらっしゃいませ!』
先に女性が一人で入ってきた。
「もう一人来ます。それから出してもらっていいですか!」
『かしこまりました。』
5分ほど遅れて男性が一人扉を開けた。
『いらっしゃいませ!』と同じように声を掛け、女性の隣りへ案内した。
コースターを2つ出し、オシボリを渡して、黙ってシェーカーを振った。
いつもとは、様子が違う出し方である。その女性から電話で頼まれた通りにお出しした。

『はい、どうぞ!ごゆっくり・・・。』
「ありがとう」と女性から返ってきた。そして、小さい声で男性が彼女に話しかけた。
「どうして、この店を・・・?」
「ここのカクテルが好きで、一緒に飲みたかったの。このオリジナルカクテル美味しいのよ。乾杯しましょう!」
と彼女が切り出した。
“乾杯!”の声のあとしばらく静かな空気に戻り、CDがキャロル・キングの“つづれおり”に変わり、“You’ve Got A Friend”が流れて来た。
いつもの常連さんの前へ行き、ウイスキーのソーダ割りのお代わりをすすめ、2杯作り、私もまた一緒にいただくことにした。
「ねぇ、マスター!あの二人、会話がないよね。」
『いいじゃないですか。他の人のことは・・・。』
「そうだけど・・・。」
『話さなくても、お互い分かっているんですよ。まぁ、あなたには理解できないでしょうけど・・・。』
「ん・・・、できない・・・。」
と小声で話している時に、タバコに火をつける音がした。
咄嗟に、その男性の前に行き、灰皿を差し出した。
男は、大きくひと吹かしして、灰皿にタバコを置いた。それまで、ずっと黙っていた女性が口を動かした。
「ねぇ、カクテル、美味しいでしょう。“デパーチャー”って言う名前なのよ・・・。」
「出発・・・。」と男性から声がした。そして、しばらく沈黙が続いたあと、女性
が付け足すように言った。
「別々の道へ向かってね・・・。」
その言葉を残し、女性は先に扉の外に消えていった。
「マスター!」と男性から声がした。
「これで失礼します。今日は、美味しいカクテルありがとう・・・。」
『こちらこそ、ありがとうございました。』
「今度来る時は、新しい出発の時です。また“デパーチャー”をいただきますよ。」
『お待ち申し上げております。』と、お見送りをしてカウンターの中に戻った。
二つのグラスの内、女性の方だけ、半分ほどカクテルが残されていた。それを片付け、カウンター角の常連さんに目を向けた。

「マスター…。新しい出発をするのって大変なんだね。」
『何を、しみじみ言ってるんですか。』
「あの女性…。彼のこと忘れられないんじゃない・・・。」
『何を分かったように言ってるんですか?』
「だってさ!“デパーチャー”半分残ってたでしょ!」
『な、なるほどね…。』
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