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マンハッタン“ぷらざ11月号”

マンハッタン写真.JPG
『お代わりは?』と角の席のいつもの常連さんに声をかけた。
「じゃぁ、同じの・・・。」と気持ちも目線もどこか遠くを向いてるような返事の常連さんにハイボールをつくり空のグラスと取り替えた。
『はい!どうぞ!』
「あ、ありがとう。ねぇ、マスター!」
『はい。なんでしょう?』
「もうすぐ、“誕生会”なんだよ。その事を考えるとなんか緊張してさ・・・。」
『同級生の彼女からのメールがまた来たみたいだね。』
「そうなんですよ。なんで知っているの!」
『いつも、ハイボール飲んで、酔って嬉しそうに話してるじゃないですか。』
「そ、そこなんですよ。問題は!酔ってて話したことを憶えていないんですよ。」
『よくあることじゃないの。』
「そうだけど、彼女は本気みたいだし、もう、付き合っていると思っているみたいなんです。」
『酔って、口説いて、あっさりOKで慌てているって感じだね。』
「そうそう、まさしく。」
『まるで、“マンハッタン”みたいだね。』
「マ、マンハッタン?」

『今日はもう、他にお客さんも来そうにないから、特別にカクテルをプレゼントしましょう。』
「えっ、それって、彼女が出来た時のお祝いじゃないの?」
『お祝いは、本当に付き合い出して、二人で来たときに出してあげますよ。』
といって、バック棚からウイスキーを取り出し、冷蔵庫からスイートベルモットを出して、カウンターの上に並べた。そして、カクテルピンに刺したレッドチェリーと、レモンピールを一枚、小皿に用意した。
ミキシンググラスを取り、氷を入れて少しだけ水を足し、バースプーンですばやくステアした。ストレーナーを被せ、その中の水を捨て、冷やしておいたカクテルグラスを常連さんの前に用意した。そして、氷の入ったミキシンググラスに、アンゴスチュラ・ビタースを一振り入れ、ウイスキーとベルモットを加えてステアし、ストレーナーを被せ、右手の人差し指で押さえながら、静かにカクテルグラスへ注いだ。チェリーを入れ、レモンピールを絞りかけたら出来上がりだ。

『はい。どうぞ。“マンハッタン”です。』と言って、空のハイボールのグラスと差し替えた。
「マンハッタンってカクテルの名前なんだ。」
『そうです。キレイでしょう。』
「チョッと濃い目の琥珀色に、赤いチェリーがいい感じだね。」と言いながらカクテルを口に運んだ。
「う、美味い!ハイボールとはぜんぜん違うね。」
『あたり前です。カクテルの女王と呼ばれているものですよ。』
「へぇ、そうなんだ。で、なんでこれを僕に出したんですか。彼女は僕にとって女王様みたいなものだから?」
『ほう、面白いね。それも一理あるね。でも、本当の意味は、その名前です。』
「マンハッタンって地名でしょ?」
『そうですけど、何でマンハッタンなのかなんですよ。』
「で、なんなんですか。早く教えてくださいよ。」と言って、カクテルをまた一口飲んだ。

『それはね。昔々、マンハッタンにまだインディアンが住んでいた頃の話で、オランダ人が、その土地を植民地にしようと、インディアンの酋長に酒を飲ませて契約をさせたんです。その後、酋長は、あの時は“酔っていた(マンハッタン)から、無効だ”と叫んだんだって。その“酔っ払った”という意味のインディアン語が地名になったと言われているんだよ。』
「そ、そうなんですね。」と話して、また遠くを見るような目になり、少し静かな空気になっていた。
店の入口の壁の棚に置かれたJBLのスピーカーからは、“As Time Goes By”が聞こえていた。もっともBARらしい何ともいえない雰囲気だ。
常連さんのグラスは、いつの間にかチェリーだけになっていた。
「マスター!ハイボールをつくって。」
『はい。私も一緒にいただきます。』と言って二杯のハイボールをつくった。

「高校時代、気にはなっていた女性だったんです。その子は・・・。」
『酔ってたとはいえ、素直な気持ちで、昔、言えなかった言葉を口にしたんでしょうね。』
「そう。だから緊張するんです。いつもの僕の展開じゃないから・・・。」
『テレビドラマが最終回に近づいているような展開だね。』
「最終回?」
『いえいえ、こっちの話しです。ところで、プレゼントは用意したんですか?』
「グラスでしょう。もちろん準備してます!」
『ちゃんと名前を入れたんでしょうね?』
「入れましたよ。名前のイニシャル“M”だけ刻んでもらいました。」
『Mちゃんですか?』
「はい。」
『あっ!マンハッタンもMですよ!』
「ホ、ホント!ぐ、偶然・・・。」
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