『毎日暑い日が続くね。』
「ほんと、うだる様な暑さは嫌だよね・・・。」と、ウイスキーのソーダ割りをいつもの常連さんと一緒に飲みながら、あまり意味も無い話しをしていた。
JAZZのBGMも心地よく聞こえ、静かなBARの空気が流れていた。
『お代わりは・・・?』と声を掛けた時、勢いよく扉が開いた。
『いらっしゃいませ!』
「マスター!久しぶり!」と元気よく、一人の男性が入ってきた。
「移転したの知らなくて、探したよ・・・。」と言いながら、常連さんとは反対のカウンター角の席に座られた。
『もう10年目ですよ。』
「そう、と言うことは、10年以上は経つのか・・・。」
『そうですね。で、何にしましょう?』
「?.Y.Z (エックス、ワイ、ジィ) !俺は、これしか飲んだことがないから…。」
『そうでしたね。いつも、これでしたね。』
と返し、冷凍庫からホワイトラムを、バック棚からコアントローを、冷蔵庫からレモンジュースを出し、カウンターの上に並べた。
シェーカーにその材料を入れ、氷を加えてすばやくシェイクし、冷えたカクテルグラスに注ぎ、その男性の前のコースターの上にそっと運んだ。
「久しぶりに飲むよ。X.Y.Z・・・。」
と言った後、さっきまで元気だった男性から声がしなくなった。そして、しばらくカクテルを見つめた後、一気に飲み干した。
「マスター!もう一杯!」
『は、はい!』
2杯目の“X.Y.Z”を運び、空のグラスを下げたのと同時に声が聞こえた。
「マスター・・・。あの頃は楽しかったよ。このカクテルも彼女に教えてもらったし・・・。」
『そうですね。素敵な女性でしたね。』
「マスターも、そう思っていたの?」
『はい・・・。あの頃は楽しみでしたよ。お二人がお見えになるのが・・・。』
と会話を交わした後、また、その男性から声が消え、静かなBARに戻った。
JBLからは、“レフトアローン”のサックスの音が響き、カウンターの端から氷の鳴る音が聞こえた。
『お代わりでしたね・・・』
「気付くのが遅いよ・・・。」
『氷の音がうるさいなと思ってましたよ・・・。』と交わしてすぐに、その男性の方へ戻った。
確か12年ぐらい前になるだろうか。よく二人でお見えになっていた。誰が見ても素敵なカップルで、間違いなく、二人は結婚されるだろうと思っていた。
「マスター!もう1杯、お代わり!これで最後にするから・・・。」
『はい。かしこまりました・・・。そのカクテルと同じですね・・・。』
「えぇ!同じ・・・。」
『アルファベットの最後の3文字ですから・・・。もう、この後は無いということですね。』と話し、3杯目のX.Y.Zをお出しした。
「そういう意味があったの?それを知ってて、俺に・・・。」
『おそらく、ご存知だったんでしょう。でも、本来は“究極のカクテル”という意味なんですよ。』
「究極・・・?。」
『そう、お二人にとっては、これ以上のものはない女性だったし、男性だったんですよ。その意味もご存知だったんでしょう。きっと・・・。』
「そうだね、確かに究極の彼女だったよ・・・。でも、今は結婚して幸せになってるみたいだから・・・。これで、よかったんだと思う。」
『そうですね・・・。』
「マスター!ありがとう!何か吹っ切れたよ!また、寄らせてもらうよ。場所も分かったことだし・・・。」と言って、3杯目も一気に飲み干した。
『ありがとうございます。』と扉を開けた時に、小さな声で言葉を掛けられた。
扉を閉め、カウンターの中に戻り、いつもの常連さんの前に立った。
「マスター!究極の女性でも一緒になれないことがあるんだね・・・。」
『だから、忘れられないんですよ・・・。』
「ねぇ、扉のとこで何を話してたの彼は・・・。」
『聞きたい?』
「ちょっと、気になるけど・・・」
『“X.Y.Zだけは、あの頃の味のままだったよ”って・・・。』
「・・・。お代わりようだい!」
『まだ飲むの・・・。』