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レインボー“ぷらざ5月号”

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夜の12時を回った。カウンターに残っているのは、いつもの常連さんだけである。
相変わらず同じ物を飲み、いつもと同じ席で、いつものように一人である。
『ねぇ、たまには違う物を飲んでみたら?』
「えぇ・・・。」「マスターが、これしかつくってくれないんじゃないですか!」
と、いつもの常連さんと言い合っている時に、扉が開いた。

『いらっしゃいませ!』
「まだ、いいですか?二人ですけど・・・。」
『どうぞ、どうぞ。お好きなところへ・・・。』
40代前半位の男と、その後ろから女性も一緒に入ってきた。女性は20代半ばぐらいに見える。髪は琥珀色に染め、指先は赤い色に塗られている。

『で、何にいたしましょう?』
「僕は、ジントニック。彼女には、“レインボー”をお願いします。」
『れ、レインボーですか? かしこまりました。』
と答え、男性のジントニックと先ほどから氷の音で催促している常連さんのウイスキーのソーダ割りもいっしょに作り、その男性のコースターの上と、カウンター角に陣取っている彼のグラスを引き、差し替えた。

「なんで、分かったの?」
『氷の音がうるさいからね・・・。それから、しばらく、私に話しかけないで下さい。ちょっと集中しないといけないから!』
「わ、分かりましたよ。」

さて、久しぶりにレインボーの注文だ。このカクテルは、プース・カフェ・スタイルといわれている物で、リキュールなどを比重の重たい物から順に積み上げてゆくカクテルである。7種類の色の物が“レインボー”と呼ばれている。このカクテルの難しいところは、同じ厚さに、混ざらないように静かにゆっくりと注がなくてはいけないことである。

バック棚から専用のグラスを取り出し、カウンターの上に置いた。そして、バースプーンを左手に背が上になるように持ち、グラスの内壁に傾けて付け、そこへ向かって少しずつボトルから垂らしてゆく。まずは、赤い色のシロップを一番下に、次に緑色のミントリキュール。紫色のバイオレットリキュール。透明なチェリーのリキュール(マラスキーノ)。青色のブルーキュラソー。薄い黄色のイエローシャルトリューズ。そして最後に、その女性の髪の色と同じ琥珀色のブランデーを積み上げたら出来上がりだ。

『はい。どうぞ。お待たせいたしました。』と出来上がったカクテルを女性の前のコースターの上に静かに下ろした。

「うわぁ!キレイ!いろんな色が入ってて、ホント、虹みたい・・・。」
「だろう!夜でも虹を見ることが出来るだろう。」
「本物より色がはっきり分かれてて、なんか飲むのがもったいないみたい・・・。」
『キレイでしょう。本物の虹は何時見られるか分からないし、いつの間にか消えてしまいますからね。』
『ストローを添えていますので、お好きな色のところに刺して飲んでください。』
『でも、しばらくは、見て楽しんだほうが・・・。』
と言いながら、男性のコースターの上に新しいジントニックを運んだ後、一人寂しそうにしている常連さんのほうに身体を向けた。

「マスター!すごいね!ソーダ割りしか作れないと思っていたよ!」
『失礼な!これでも、プロのバーテンダーですからね・・・。』
「今度、ぼくも頼もうかなぁ・・・。」
『だめです!あなたには似合いませんよ!』
「そんなぁ・・・。ところで、もう一杯お代わり!」
『最後の一杯ですよ!』と、いつもの常連さんのウイスキーのソーダ割りを作り、空のグラスと差し替えた。その時男性から声がかけられた。

「マスター。ご馳走様でした。彼女も満足したみたいです。夜の虹が見れて・・・。」
『ありがとうございました。またご来店下さい。』と挨拶を交わし、扉の外まで見送り、カウンターの中に戻った。
そして、氷だけになったグラスと、七色がキレイに積み上げられていたグラスを片付けた。

「また、一人になったか・・・。」とカウンターの角から声がした。
『もう、お代わりは、だめですよ!』
「分かってますよ!」
「今日はキレイな“虹”を見させてもらったし、その虹も消えたことだし帰るとしますか・・・。」
『当たり前です!当店の営業時間は“二時”迄ですから!』
「に、“にじ”ですか・・・。」
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