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扉の開く音に、条件反射のごとく、入り口の方に身体を向けた。
『いらっしゃいませ!』と、いつものようにお客様を迎え入れた。
「マスター!久しぶりだね。」
『ほんと、久しぶりですね。今日は、奥様も一緒で…。』
「やっと子供も手が離れてね。また、一緒に飲みに出れるようになったよ。」
『そうですか。それはそれは…。』

そうそう、このお客様は、この店で出会って最初に結婚されたカップルである。
今から15年ほど前だろうか・・・。

「マスター、実は明日、お見合いなんだよ!」とカウンターの真ん中に座り、いつものように最後の“ギムレット”を一口飲んで、そう話しかけられた。
『そうなんですか?』と私が言葉を返した時、扉が開き二人の女性が入ってきた。

『いらっしゃいませ!どうぞ、こちらへ。』と、ちょうど2つ空いているその男性の隣の席へ案内した。
『何になさいますか?』
「私は“スプモーニ”。彼女には、幸せになれるカクテルを創ってあげて下さい。」
『幸せに…。ですね。』
「はい。彼女、明日お見合いなんですよ!」
『お客様もですか?』と声をかけたのと同時に、隣の男性からも声がした。

「ぼ、僕も、明日お見合いなんですよ。」
「私と一緒ですね!お互い幸せになれたらいいですね。」

と、あの時の光景が鮮明によみがえる。

「この店には思い出ができたわね。」と奥様から声がし、ご主人もうなずきながら答えた。
「たまたま隣に座った人が、お見合いの相手だったなんて、すごいよね。」
『そうですよ。当店での最初のカップル誕生でしたからね。』
『今日のお飲み物は、私がお選びしましょう!あの日の思い出のカクテルはいかがですか?』

冷凍庫からジンを出し、バック棚からキリュッシュ(サクランボのリキュール)を取り出した。そして、レモンジュースにグレナデンシロップを加えてシェイクする。
店内に流れるJAZZのBGMにのせて、透き通るようなシェイキングの金属音が響きわたり、コースターの上には、レッドチェリーが1つ入れられたカクテルグラスが出来上がるのを待っている。

『お待たせしました。“ラ・ビ・アン・ローズ(バラ色の人生)”です。』
「そう!このカクテルでしたね・・・。」

しばらくの間、思い出話に花が咲いた。

シェーカーとグラスを洗い、充分に水分をふき取り、仕上げにもう一回、丁寧に磨き上げる。今日のこの空気はいい感じである。
そういえば、いつもの常連さんの姿がない。まぁ、そのうちお見えになるでしょう。
でも、今日のこの空気にはね・・・。と考えていた時に、ご主人から声がした。
「マスター、今日はいい記念日になったよ。これから、また寄らせてもらうよ。」
『お待ちしております。』と言葉を交わしながら、見送った。

扉が閉まり終えようとした時に、いつもの常連さんが浮かない顔をして入って来た。

『いらっしゃい!どうしたの?暗い顔して・・・。』
「お見合いがダメでさ・・・。」
『お見合いですか・・・。』
「一週間前にね・・・。今日、返事が来てさ・・・。」
『それは、お気の毒に・・・。』
「なんかさぁ。お見合いがうまくいくカクテルとかないの!」
「“バラ色の人生”になれるようなさぁ・・・。」
『ぴったりのがありますよ。はい、どうぞ!』
「何?これ!」
『いつもの、ウイスキーのソーダ割りです。』
「えぇ・・・。」