「いらっしゃいませ。明けましておめでとうございます。」
2005年になって1週間が過ぎ、正月の慌しさは、もうどこにも残っていない。普通の時間が流れ、お客様を迎える挨拶だけが、新しい年になったのだと感じさせてくれる。

『マスター、大晦日のカウントダウンの時に、僕も居たよ!新しい年になって2度目の来店ですよ!』
「そうだったね。条件反射みたいなもので、言ってしまうんですよ。」  
「ところで、いつもので・・・?」 この常連さんとも5年めのお付き合いである。
毎回登場してもらってるので、おわかりかと思いますが、カウンター右隅のいつもの席、いつも最初は“アードベッグ10年”のストレートである。

『マスター!僕はいつも10年物を飲んでいるけど、ウイスキーにはいろんな熟成年数のものがあるよね。長いものでは60年物があると聞いたことがあるんだけど?』
「たまには、自分の飲んでるものをじっくり眺めて飲むと、そう言う質問が出てくるもんですよ!」
『答えて下さいよ!』
「ありますよ。私が知る限りでは、ベン・ネビス62年というのが一番長いかな・・・。有名なのは、マッカランの60年物ですね。バブルの頃は200万円を超えていたから、凄いですよね。」
『熟成が長くなると値段も高くなるんだ・・・。』
「そうだね。単純に考えても、樽の中の原酒が年を重ねるごとに、量が減って行くんですよ。年間約2%から3%が消えて行くと言われていますね。」
『なるほど。量が減るということは、瓶詰めできる本数も少なくなるから高くなるんだ!』
「まぁ、そう言うことですね。で、その熟成中に消えた分を“天使の取り分”と言うんですよ。知ってました?」
『なりたい!天使に!アードベッグの熟成庫の天使に・・・』
「私も同じです。」
『マスター。もう1杯同じのを!』
「はい!かしこまりました.。」と10年物を注いだグラスを常連さんの前に差し出した。と同時にドアが開き、1年ぶりのお客様が入って来られた。

「あっ、いらっしゃいませ!里帰りですか?明けましておめでとうございます。」
『明日、東京に戻るので、マスターの顔を見ないとね・・・』
「ありがとうございます。」 そのお客様は、カウンター左端の席に座られた。

『マスター。“ポートエレン”あるかな?』
「たしか・・・、1本だけあったような・・・。はっ、はい。ありました。シルバーシールのポートエレン1980です。あと1杯分ぐらいしか残っておりませんが?」
『それでいいよ。』
「はい。かしこまりました。」
『このモルトも、熟成庫には樽がほとんどないらしいね。』
「よくご存知で・・・。1983年に蒸留所が閉鎖されてしまい、その後に瓶詰めされた商品もなくなれば、もう飲めなくなりますね・・・」
『モルトファンも残念だね。それと、“天使”もかわいそうだ・・・』
「天使ですか?」
『熟成庫に住む、その・・・』
「エンジェルズ・シェアですね。天使の取り分がなくなってしまうからですか?」
『そういうこと!マスター、ありがとう!貴重なものを飲ませていただいて。また1年後に顔を見に来るとするよ。』
「お待ち申し上げております。」とドアが閉まるまで頭を下げていた。

『ねぇ、マスター!グラスが空だけど・・・』
「あっ、すいませんね。」
『いまの人、ポートエレンが好きなんだ!それと天使にまで気を使うとこがいいね。マスター、そのポートエレン、少し残ってるね。それ!飲みたい!』
「よく見てましたね。だめです!この少し残った分は“店主(天使?)の取り分”なんだから!」
『なにそれ・・・』
「たまには、店主にも気を使ってくださいな!」

今日は、朝からずっと雪である。めずらしく積もりそうだ。
こんな夜は、眠たくなるほど暇になるか、雪が積もるとワクワクする世代で忙しくなるか、どっちかである。

「いらっしゃいませ!」とドアの開く音に反応して、体を振り向かせるといつもの常連さんだ。頭には雪を帽子の様に乗せたまま寒そうに入って来て、いつもの席に雪をはらいながら腰を下ろし、白い帽子がドサッと床に落ちる音がした。
つくずく常連さんとはありがたいものだと、こういう天気のときは感じるものである。

さて、「何になさいますか?今日の最初の一杯は・・・。」と言いながら、いつものボトルに手を伸ばしていた。
『分かってるじゃないですか!聞かないでよ!』
「いやいや、どうも条件反射みたいで・・・。はい、アードベッグ10年のストレート」
『ところでマスター』
「はい、なんでしょう?」
『今日はこんな大雪だし、他にお客様も来そうにないから、席を移ってもいい?』
「どうぞ、どうぞ」 いつもの常連さんにしてはめずらしくカウンターの真中の席に移られた。
『んー、この席もなかなかいいね』
「気付くのがおそいよ!」
『ここから見ると、色んなボトルがたくさんあるもんだね。面白い小物もいっぱいあるし、あのー、いちばん上の棚の真中にある白と黒の犬の置物・・・。』
「あー、あれですか。ブラック&ホワイト(スコッチウイスキー)のノベルティーですよ」
『ウイスキーを買ったときに貰ったんだ?』
「違いますよ!」

そういえば、この犬の置物は、5年ほど前に広島に行ったときに酒屋で譲って貰ったものである。
「これには、ちょっと面白い話があるんですよ」
『へぇー、どんな?』
「その前に、グラスが空じゃないですか!お代わりしましょうか?」
『せっかくだからブラック&ホワイトを飲みたいなー』
「かしこまりました。」と答えて「ブラック&ホワイト・セレクト」をグラスに注いで彼の前に差し出し、私も同じ物をいただくことにした。

『マスターも飲むの!』の声に「はい!話が長くなるもんで!」と言って、5年前に逆上ることになった。

広島は2回目であった。1回目は友人の結婚式で日帰りだったが、今回は、昼間の仕事と夜の懇親会に出るために、泊まりである。
懇親会が始まるまで2時間ほどあるので、酒屋を探し回ることにした。まずはデパートの洋酒売場。それからアーケードの中を歩くことにした。これといって目当てがあるわけではないのだが、習慣になってしまっているようだ。(これはもう病気です) デパートには何一つ欲しいものはなかったのでアーケードに入り適当に歩くことにした。
15分ぐらい歩いたころ、左手に一軒の酒屋があった。中に入ってみると中年の女性が一人である。ショーケースや酒棚を見渡したが欲しいものはない。

『何かお探しですか』と声をかけられ、女性の方に目をやると、奥の棚の上に置物や水差し、トレーがいくつか並べてあった。
その中に“白と黒の犬"があったのである。

以前、大阪の酒屋で同じ物を見つけたとき、どうしても欲しくて頼んだが、『売り物じゃない』といわれてあきらめたことがあった。

「あのブラック&ホワイトの置物が欲しいんですけど」と問いかけた。
『主人が大事にしてる物で、売り物じゃないんですよ』と言われた。予想通りの答えだ。しかもダメなパターンである。このまま帰ろうか迷ったあげくに、もうひとこと話しをしてダメだったら帰ろうと決めた。

「実は九州の佐賀でBARをやってるんですよ、前からあれを探してて、明日はもう帰ります」
「1万円で売って下さい。お願いします」と頼み込んだ。
しばらく沈黙が続いたあと『九州から・・・、私も九州なのよ。福岡だけど』 と少し困った顔である。やっぱりダメかと思っていたとき『主人が大事にしてるものだけど、同じ九州だからね、売ってあげるわ』
「本当ですか?あ・あ・ありがとうございます!」 “やったー!"と頭の中で叫び、目から涙がでそうなくらい嬉しくてたまらなかった。
そして、付け足すように『主人が帰ってくるといけないから、これを持って早く行きなさい』と言われ、気が付いたら袋を手に走っていた。なんかものすごく悪いことをした気分になったが、袋の中を見たら、たまらなくまた嬉しくなった。
と言うことですよ。

『面白い!、マスター』
「でしょう!」
『他にもいろいろあるけどそれぞれに思い出があるんだね』
「そうですよ」とその時、ドアが開く音がした。

「いらっしゃいませ!どうぞ、お好きなところへ」とご案内した。
常連さんはすぐに指定席へ戻り、いつもと変わらぬ空気に戻った。
雪はもう止んでいるみたいだ。 白いコートの女性と黒いコートの男性がカウンターの真中の席に座られた。
女性は少々酔われてるみたいである。男性に寄り添う様に座られている姿が、まるで先ほどまで話していた“犬の置物"みたいである。
今日はこんな日なのか・・・。

もう4年ぐらい前だろうか。Jというお店をやっている友人のS氏とそこのスタッフのK君と私のお店のスタッフM君と4人で京都へ旅したことがある。
本来は昼間に滋賀県の黒壁を視察するという”研修旅行”が名目だったが、夜は京都泊まリだったので、BARを回ろうという事になった。(こっちが本当の研修旅行です!)視察も無事に終えてホテルに着き、食事を済ませて、早速、夜の京都の街へくりだした。  

最初に訪れたのが、中京区寺町通りのアーケードの途中に、すでに80年の歴史を誇る「サンボア」という老舗である。
カウンターには椅子が10席と4人掛けのテーブルがひとつあるだけの小さなBARである。
昭和初期の雰囲気を残す店内はいままで一度も改装をしていないそうだ。先代のマスターは、すでにお亡くなリになられていて、今は息子さんが後を継がれてる。  

私たち4人はカウンター席に座った。4人とも緊張しているのか言葉がでない。私がウイスキーのソーダ割りを下さいと戦陣を切ると、後に続くように3人が注文をした。
私も緊張していたせいか、S氏とM君が何を飲んだのか覚えていないが、K君が飲んだものはハッキリと覚えている。
それは、ピンク色をしたダイキリだった。ダイキリはホワイトラムにライムジュースと砂糖をシェークして作るのが一般的だが、ここのは砂糖の代わリにグレナデンシロップが使われているピンク色をしたダイキリである。
同じレシピで作るのに“バカルディ”というカクテルがあるが、これは裁判にまでなったと言うおもしろいエピソードがあり、その判決は「バカルディ社のホワイトラムを使わないと“バカルディ”とは言わない」というものである。

しかし、ここのBARではバカルディではなくて“ダイキリ”なのである。
昭和30年代の古いカクテルブックを見ると、ダイキリはグレナデンシロッブを使い「夕日に輝くカリブ海を現わしている」と書かれているのがあったが、時代の流れとともにバカルディが有名になるにつれ、ダイキリは白いものとして定着してしまったのであろう。

何れにせよ、80年続く老舗のBARだから飲めるピンク色のダイキリに感動をしてしまった。

次に訪れたのが祇園で昭和47年に開店した老舗の「はなふさ」という地下にあるBARだ。
現在は、店主と同じ名前の「吉原」(平成11年4月より)に変わっている。  

私たち4人は前の店と同じように、私の左隣にS氏、M君、K君とカウンター席に座り同じ順番で注文をした。
さっき迄の緊張感はなくマスターとも会話を交わしながら飲めるお店である。マスターの吉原さんは柳川市出身で私の友人の叔父さんなのだ。しばらくの間、佐賀に住む甥の話しに花が咲いていた。
このBARでも私はウイスキーのソーダ割りを注文し、友人のS氏は自家製のコーヒーリキュールを奨められて、“美味い”を繰り返し呟きながら飲んでいた。
S氏はコーヒーはまったく飲まない人なのだがアルコールが入ると飲めるみたいだ…。

私の店のスタッフM君はマルガリータをK君は、何やら透き通った簿いグリーンのカクテルを飲んでいた。

それは?と聞くと、なんと!“ギムレット?”だったのである。
それもステア(ミキシング・グラスで作られたもの)で作られていた。そう言えぱ、私も18年ぐらい前に同じようにして作っていたのを思い出した。その当時は生のライムが手に入りにくいという事情があったので、瓶詰めのライムジュース(甘酸っぱい、透き通った緑色をしたライム・シロップ)を使ってステアしていた。今ではほとんどがシェークして作るのが一般的なのであるが…。 この透き通った薄いグリーンのギムレットを見てもう一つ思い出したものがある。
それはレイモンド・チャンドラーの有名な「長い別れ」と言う小説だ。
その中には「本当のギムレットはジンとローズ社のライムジュース(ライム・シロップ)を半々混ぜるんだ」という行がある。

ここのBARもまた、こだわりをもってカクテルを作り続けているのだと、ちょっと興奮ぎみになり、また感激してしまった。

何時しかソーダ割りも2杯目になっていた。隣では、S氏のテンションが上がってきていた。

その筈である、いつの間にかコーヒーリキュールを3回もお代わりしていたのだ。京都の夜もこの2軒のBARで終わってしまい、明日は朝から京都観光なのだが、少々心配である。S氏のことが…。  

私たちが訪ねたBARは、とても素晴らしいお店でした。 
創業当時のままのレシピを守り続け、またスタイルを変えることなく歴史を積み重ねてきた「老舗のカクテル」。おそらくこれからもそのままであるだろうし、変わってほしくないと思う。
それがBARの個性であり、そしてまた、それを楽しみに足を運ぶお客様がいらっしゃるのだから…。

今年の6月で今の場所に移転して3年が経った、早いものである。
"酒を愛する""BARを愛する"たくさんのお客様に支えられていることに、新ためて感謝の気持ちでいっぱいである。

あっと言う間に過ぎてきた14年間、バーテンダーとして洋酒やカクテルを提供しお客様のお相手をしていると、よく男性のお客様から"お願い"されることがある。 それは、お連れの彼女にお出しするカクテルに対してのことで、"ホロッとするカクテル""その気になるカクテル"を作ってくれと言われることである。

さてさて、時計はちょうど9時を回ったところである。カウンターにはカップルがひと組といつもの常連さんがお一人、いつもの席でシングルモルトウイスキーを飲んでいらっしゃいます。
今日はアードベッグ10年(アイラ島産のウイスキー)をストレートである。
最初のグラスはすぐに空になリ、二杯目を注ぎ終え、それと同時に「たまには、彼女と一緒にどうですか?」と勇気を出して聞いてみた。
『え一!?自分の聖域を荒らされたくないげどなー…』(よく言われることです。)
「いいんじゃないですか一度は!」
『うん。その時は、マスターに任せるから、色の綺麗なおいしいカクテルを出してあげてよ』
「はい!お任せ下さい!」と答えた。

もうひと組のお客様の方へ目を向けると、なにやら私の方へ合図を送ってらっしゃるようで、「お代わリですか?」とお聞きすると『同じウイスキーをもう一杯、それと、カクテルも…』と間を取リながら注文された。(最初も同じように間を取りながらであった。) 男性には、竹鶴12年(ニッカのピュアモルトウイスキーです。)のオンザロック。女性にはカンパリベースのスプモー二をお作リし、二人の前にお出しした。
5年ぐらい前からだったと思う。たまにお見えになるようになった方である。
2ヶ月ほど前に来られた時は『今度、彼女を連れて来るから、"その気になるカクテル"を作ってくれよ!たのむよ!』と言われていた。
そして、合図まで決めていたのだ。右の耳たぷを触ると"弱いカクテル"左の耳たぶを触ると"その気になるカクテル"をお出しすると言うものだった。
本当にサインがでたのは初めてであった。
見ていると面白い、野球の監督がバッターに送るサインみたいである。
私に"バンド"でもしろと言ってるみたいで…。 でも、今日は最初から、サインは右耳だけだった。間を取リながら注文するさいに、右の耳たぶを何回も触リながらであった。

『マスター、紹介しとくよ』とその男性から声がした。
「はい」
『ぽくの家内だよ』
「そうですか。いつもお世話になっておリます。」 なるほど、だから右耳だけだったんだ。

『今日はこれで失礼するから』
「はい。あリがとうございます。」
『今度は…』と言いかけ、左耳を触りながらドアの向こうへ消えていった。

カウンターの角の常連さんは、すでにグラスが空になっていた。
「もうー杯どうですか?」と聞くと、『同じの』の後に『いいこと思いついたよ!』と笑みを浮かべながら返ってきた。
「どう言うことですか?」と聞きながら、アードベッグをグラスに注いだ。
『合図を決めよう!』
「あなたもですか!で、どうゆう合図ですか?」
『ぽくが右手でグラスを持ったら弱いやつで…』
「分かリましたよ!左手だとその気になるやつでしょ!」
『そうそう、話しが早いねェ』
「でも、それは、やめた方がいい」
『どうして?』
「彼女の手をずっと握っていると片手しか使えないでしょ!」
『そっかァ。…』

五月病から抜け切れない目々が続いている。
こういう時期は不思議と懐かしいお客様がお見えになる。
おそらく色んな事に悩んでいる人がとる行動なのかもしれないが、昔なじみのお店に足が向くのだろう。(私の勝手な解釈です。)

夜10時を回った頃だった。ドアが關き、さっそうと一人の男が入ってきた。
『いや一、マスター。久しぶリだね』
「本当ですね。先生、10年ぶリぐらいじゃないですか?」
『そんなに経つかなー、俺もねぇ、もう還暦なんだよ』『マスターは変わらないなー』
「そんなことないですよ!」と、条件反射のごとくお腹に力を入れて答えてしまった。(四十過ぎると、仕方ないのか…) この先生とは、もう17、8年前からのお付き合いになる。 目尻が下がリ、いつもニコニコ顔のドクターなのであるが、相変わらずの声高は衰えていないようである。カウンターの角にいらっしゃる常連のお客様に目で"スミマセン"と合図を送リ、最初のオーダーのハイボールをお造リし、カウンター真中の先生の前へお出しした。

『最近はやっぱリこれがいいなー。昔はマティニーをよく飲んだものだが』『弱くなっちまったなー』
「そう言えぱ007のマティニーをよく飲んでらっしゃいましたね」 この先生と同世代の方々は、決まってハイボールとポンド・マテイニーなのである。
今日は、いまのところお客様は二人だけ(BARにも五月病が…)である。
常連のお客様はいつもマイペースだ。同じウイスキーをストレートで飲まれるのだが、めずらしく氷でうすめて(オン・ザ・ロックです)飲んでらっしゃいます。(さては、この方も五月病では…)

そして先生の方は二杯目が空になリ、大声をださんばかリの顔つきだ。
「先生、次はサッバリしたものをお造りしましょうか?」
『う、うん、よォーし!、最後にそれをいただくとするか!。酔っちゃったよ、今日も』と声がさらに大きくなった。 私はとっさにゴメンと小さい声でカウンターの角へ向かって頭を下げた。 ハイボールのあとにジン・ベ一スのマティニーを造り、三杯目のカクテルが出来上がリ、先生の前へお出しした。

『お一、サッパリしてるな一。』『最後の一杯にちょうどいいな一』の後にしばらく沈黙が続き、BGMが聞こえ、カウンターの角の方でカランと氷の昔がしたので、おかわリのウイスキーのロックを出し終えたとき、ビックリするような声が聞こえた。

『マスター!帰るよ!お勘定』
「はい!かしこまリました。あリがとうございます!」
『ところで、最後のは何だね?』
「ウオッカ・トニックでございます」
『やっぱリ、そうか!』『家のおっか一べースか!』
「おっか一(ウオッカ)?」
『かみさんだよ』『昔から頭があがらなくてね』『酔いが醒めてしまったな一。おっかー・ベ一スを飲むとシャキッとなるんだよ。家まで帰れそうだ。あリがとう』
「は・はい!あリがとうございます!」

ドアの閉まる音が聞こえ、大きく息を吸い込み、静かなBARへと戻った。お相手ができなかった常連のお客様も、少々お疲れの様子である。

『マスター、ぽくも帰るとするよ。おっか一のもとへ。そうそう、たしかァ、ボンド・マティニーは・・・。』
「おっか一べ一スですよ」
『なるほど、最後は必ずウオッカ・べースだったんだね。マスター。でも、キツイですよ。マティニーは』
「おっか一の方がね・・・。」