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ブルームーンに恋して

嫌な梅雨も終わり、本格的な夏が到来である。今日といい、ここ連日の猛暑は何とかならないものか。
そんな暑さも全然関係ないような涼しげな顔のいつもの常連さんが、相変わらず一人、いつもの席に・・・。

『マスター!他にお客さん来ないね!』
「もうすぐ、閉店時間だしね・・・。それと毎日この猛暑続きじゃねぇ・・・。」

「グラスが空だけど、お代わりは?」と言いながら、アードベッグ10年のボトルに手を伸ばそうとした時に、店の扉がゆっくり開いて、一人の女性が入って来た。

『マスター。まだいいですか?』
「はい!まだ、営業時間内ですよ」と答え、カウンターの真ん中に案内した。

その女性は、細身の身体に、髪は、肩に届くくらいのストレートで、なかなかの美人である。

『会社の人と飲んでたんですけどね、まだ飲み足らなくて・・・。』
「こんな時間なのに、飲み足らないとはねぇ、相手に気を使い過ぎたんですね。」
『えぇ、ちょっと疲れましたね・・・。そうそう、この店は、前から気になってたんですよ。なかなか勇気が出なくて・・・。』

『でも、今日は、思い切って扉を開けてみました。』
「それは、どうもありがとうございます。で、何をお飲みになりますか?」

『カクテルを飲みたいんですけど、私ね、紫色が好きなんです・・・。』
「かしこまりました。」と伝え、冷凍庫からジンを出し、バック棚からバイオレットのリキュールを取り出し、女性の前に並べた。
シェーカーにその二つを入れ、絞りたてのレモンジュースを加えた。
静かな店内に響くシェーキングの音。暑さを忘れさせてくれる音である。そして、これが本来のバーの姿なのであろう。

「はい!どうぞ。」と女性の前のコースターの上に差し出した。と、同時に、常連さんのお代わりのことを思い出した。

「すみませんね。すっかり忘れてましたよ・・・。」
『女性が来るとこうなんだよな。まったく・・・。早く、アードベッグをちょうだい!』
「なにも、怒らなくても・・・。少し量を増やしてあげますよ。」
『当たり前です!』

『ところで、マスター、こんな時間に珍しくない。女性一人は・・・。』
「そうですね。」と言い終り、女性の方へ戻った。

『ブルームーンですよね?』と半分ほど飲み干したグラスを見つめたまま呟く声がした。
「よく分かりましたね。そうですよ。」
『美味しいですよね、好きな味だし、香りも色も私好みなんです。』
『ほかの店でもよく飲むんですけど、ここのが美味しい・・・。』
「気に入っていただいて、ありがとうございます。」

「ところで、どうして、ブルームーンというかご存知ですか?」
『水面に映った月の色がそういう風に見えるところから・・・。でしょ!』
「よくご存知で・・・。」
「もう一つ、材料のバイオレットリキュールにも意味があることは・・・?」
『他にも意味があるんですか?』

「実は、バイオレットのリキュールの名前は、“パルフェ・タムール”と言うんですよ。」
『フランス語・・・。“完全なる愛”ですか・・・。』
「そうですね。パーフェクト・ラブなんです。」
と、会話が終わり、しばらく沈黙が続いた。その静かな空気をかき消すように、いつもの常連さんから声がかかった。

『マスター!何か見つめる目がいい雰囲気に感じるんだけど・・・。』
「ほぅ、あなたにもそういう感覚があったんですね。」
『失礼じゃない!僕にも分かりますよ。マスターに恋してるんだ・・・。きっと・・・。』

「違います!やっぱり分かってないじゃないですか!」
「あのカクテルの先に、見えているんですよ。愛しい人が・・・。」

『マスターしか見えないけど・・・。』
「・・・・。どこ見てるんですか!」と、常連さんともめていると、小さな声が聞こえた。

『マスター。美味しいカクテルありがとう・・・。』
『このカクテルは、別れた彼に教えられたんです。その時は、気付かなかった・・・。ずっと、待っててくれてたんですよ。でも・・・。』と、そこで声が止まってしまった。

しばらく、言葉が見つからなかったが、その女性の目に映る“ブルームーン”が本当の意味を教えてくれた。

水面に映る月じゃなかったと言うことを・・・。

想いを告白するその瞬間、目の前にいる、女性の目に映る月の色がそういう色に見えたに違いないということを・・・。

『マスター!帰ります。』
「ありがとうございます。お気を付けて・・・。」と扉を開けて女性を見送った。

『うっ、うん!』と咳払いする声に、いつもの常連さんの前に戻った。
『マスター!もしかして、一目惚れ!』
「ち、違いますよ!」

「ブルームーンの本当の意味が解ったんですよ!」
『僕にも教えてよ!』
「あなたには、理解できないことです!」
『なんで〜・・・。』
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