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春色のシャンパン

4月も半ばに入り、桜の季節も終わり、転勤や入学などの行事に追われたことなど遠い昔のように落ち着いた日々に戻ってしまった。4月は、桜の満開にあわせて、華やかに感じる月でもあるが、その後が妙に寂しいものである。

こういう日には、おおよそ決まって、いつもの常連さんがお見えになるはずなのだが…。
と考えていた時、扉のギィーときしむ音とともに、一人の我体の大きい男が『よぉ!』と声をかけながら入って来た。
「いらっしゃいませ!なんだぁ・・・、どうしたの重ちゃん!」
『なんだぁはないだろう!びっくりした顔して・・・。まったくだなぁ・・・。』
「ごめん、ごめん。いつもの常連さんかと思って・・・。」と呟きながら、カウンター真ん中の席に案内し、おしぼりを出し、コースターを彼の前に差し出した。

彼は、小学校から高校までが同じで、私と同級生である。昨年の大晦日のカウントダウンに、来てくれて、それから三ヶ月ぶりのご来店だった。

「久しく顔を見てなかったけど・・・。元気だった?」
『それがさぁ、終わっちゃったよ!』
「何が、終わったの?」
『恋だよ、恋・・・!』
「恋、ですか!」となんだか話しが長くなりそうな気配・・・。

「で、何にしましょう?」とひとまずBARの空気にもどすことにした。
『おっ、目の前に、シャンパンが冷えてるじゃない。いただこうか。』
「はい、かしこまりました。今週は、モエのブリュットです。」とこたえ、背の高いシャンパングラスに注ぎ、彼のコースターの上にそっと運んだ。

彼は、グラスを手に取り、ひと口流し込んでコースターにグラスを戻した。
『美味いな・・・。やっぱり・・・。』に、付け足したように『山ちゃんも飲んだら?』との声に「喜んでお付き合いしましょう!いただきます!」とグラスを口に運び一口飲んだ時に、扉の開く音に振り向いた。

「いらっしゃい・・・。」いつもの常連さんである。
「もう、今日はフェイントですか?」
『フェイント?』
「いやいや、こっちの話しです。すみませんね」
いつもの席に腰を落ち着かせ、まずはいつものアードベッグ10年のストレートをコースターに乗せ、常連さんの前に差し出した。

『めずらしいじゃない。僕より先にお客さんがいるなんて。』
「それですよ。フェイントは・・・。」と小声で言い終わり、同級生の彼の方へ戻った。

「で、恋が・・・、どうしたの。重ちゃん」
『それがさぁ、1軒いい店を見つけてね、しばらくそこに通っていたんだ。』
「へぇー、いい子がいたんだね・・・。その店に。」
『短大生のバイトで、いい子なんだよ。保母さんになるんだって、頑張ってたなぁ。惚れちゃってさぁ、好きなシャンパンをいっぱいご馳走してあげたよ・・・。』

『ドンペリのロゼやパイパーのロゼ。一晩で5本も開けたときもあったよ。』
「ちょっと、お金使いすぎじゃないの!うちの店でもそれぐらい使って下さい!ドンペリのロゼはないけど、パイパーのロゼは、うちにもありますよ!」
『じゃぁ、おかわり、ロゼを飲もうか!山ちゃんもどうぞ!』
「もちろん、いただきますよ!飲まないと付き合えそうにないからね・・・。」
『はいはい、わかったよ・・・。』
「ところで、どこに惚れたの?娘ぐらいの歳でしょう?」
『初めてその店に入った時がさぁ、スッチー(客室乗務員)の格好しててさぁ。似合ってたよ、とっても・・・。たまに、メイドの格好もしてたけど、ありゃまずいな・・・。』
「そういう店なんですか!スッチーの服に惚れたんだ!」
『違うよ!普通の子で純粋で、ほんといい子なんだって!一緒に写真撮ったのがあるから見せるよ!』と言いながら、背広の内ポケットから携帯を取り出した。

「へぇー、ほんとにいい子そうじゃない!それに、かわいいし・・・。」
『だろう・・・。』と彼が返した時に、『マスター!』といつもの常連さんから声が飛んで来た。

「すいませんね。気付かなくて!で、次は、何にしましょうか?」
『シングルモルトじゃないのがいいな。僕にも、あのロゼを出してよ!色がなんとなく、春らしくて、シャンパン飲みたくなっちゃってさぁ・・・。』

「・・・。わかりましたよ!あなたにも、早く春が来たらいいですね・・・。」
『よけいなお世話だよ!』

「はい、どうぞ!」と常連さんのさっきまでアードベッグが入っていたグラスを下げ、ピンク色のシャンパンを入れたグラスをそっと置いた。

『いい色してるね!ほう・・・、美味いね。春の味がするね・・・。』
「何を言ってるんですか!」
『合わせてるんです!そっちの話しに・・・。』
「ありがとうございます!お気使いいただいて。」と返し、彼の方へ顔を向けると、急におとなしくなっていた。

「何か、寂しそうに見えるよ。急にどうしたの?」
『もう、会えないんだよ。彼女に・・・。卒業してしまってさぁ・・・。バイトも止めたし、実家のある熊本に戻って、もう保母さんやってるみたいだよ。』
「ホントに惚れてたんだね。でも、楽しく過ごせたことには違いないし・・・。」
『楽しかったよ、確かに。3ヶ月間、シャンパンばっかり飲んでたなぁ・・・。それも春色のね・・・。』

「今日の、そのロゼで、春色のシャンパンも卒業したほうが・・・。」
『そうするよ。飲むと思い出すしね・・・。』と落ち着いた声で話しをしていた。

しばらくの間、静かな雰囲気のいつものBARらしい空気に戻り、いつもの常連さんもいつの間にかシャンパンを飲み干していた。

『マスター、今日は、先に失礼しようかなぁ』といつもの常連さんから先に声がかかった。
「めずらしいね!先に帰るなんて!」
『ちょっと、行ってみたい店があってね。』
『マスターの同級生の話しを聞いてたら思い出してさぁ・・・。』
「えっ!」
『4月も半ば過ぎ、入学式も終わってるし、新しい短大生が入ってるてことでしょ!』
『春色になりに行ってきます!』

『お兄さん!俺も行くよ!』と、さっきまで沈み込んでいた同級生が叫んだ。
「重ちゃんは、卒業するんじゃなかったの!」
『卒業したから、入学するんだよ!』

「ちょっと!二人とも!しょうがないなぁ・・・。」

「もう!今日は、これで閉店しよっ!」

「間に合うかなぁ・・・。入学式に!」
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