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おっかー・ベース

五月病から抜け切れない目々が続いている。
こういう時期は不思議と懐かしいお客様がお見えになる。
おそらく色んな事に悩んでいる人がとる行動なのかもしれないが、昔なじみのお店に足が向くのだろう。(私の勝手な解釈です。)

夜10時を回った頃だった。ドアが關き、さっそうと一人の男が入ってきた。
『いや一、マスター。久しぶリだね』
「本当ですね。先生、10年ぶリぐらいじゃないですか?」
『そんなに経つかなー、俺もねぇ、もう還暦なんだよ』『マスターは変わらないなー』
「そんなことないですよ!」と、条件反射のごとくお腹に力を入れて答えてしまった。(四十過ぎると、仕方ないのか…) この先生とは、もう17、8年前からのお付き合いになる。 目尻が下がリ、いつもニコニコ顔のドクターなのであるが、相変わらずの声高は衰えていないようである。カウンターの角にいらっしゃる常連のお客様に目で"スミマセン"と合図を送リ、最初のオーダーのハイボールをお造リし、カウンター真中の先生の前へお出しした。

『最近はやっぱリこれがいいなー。昔はマティニーをよく飲んだものだが』『弱くなっちまったなー』
「そう言えぱ007のマティニーをよく飲んでらっしゃいましたね」 この先生と同世代の方々は、決まってハイボールとポンド・マテイニーなのである。
今日は、いまのところお客様は二人だけ(BARにも五月病が…)である。
常連のお客様はいつもマイペースだ。同じウイスキーをストレートで飲まれるのだが、めずらしく氷でうすめて(オン・ザ・ロックです)飲んでらっしゃいます。(さては、この方も五月病では…)

そして先生の方は二杯目が空になリ、大声をださんばかリの顔つきだ。
「先生、次はサッバリしたものをお造りしましょうか?」
『う、うん、よォーし!、最後にそれをいただくとするか!。酔っちゃったよ、今日も』と声がさらに大きくなった。 私はとっさにゴメンと小さい声でカウンターの角へ向かって頭を下げた。 ハイボールのあとにジン・ベ一スのマティニーを造り、三杯目のカクテルが出来上がリ、先生の前へお出しした。

『お一、サッパリしてるな一。』『最後の一杯にちょうどいいな一』の後にしばらく沈黙が続き、BGMが聞こえ、カウンターの角の方でカランと氷の昔がしたので、おかわリのウイスキーのロックを出し終えたとき、ビックリするような声が聞こえた。

『マスター!帰るよ!お勘定』
「はい!かしこまリました。あリがとうございます!」
『ところで、最後のは何だね?』
「ウオッカ・トニックでございます」
『やっぱリ、そうか!』『家のおっか一べースか!』
「おっか一(ウオッカ)?」
『かみさんだよ』『昔から頭があがらなくてね』『酔いが醒めてしまったな一。おっかー・ベ一スを飲むとシャキッとなるんだよ。家まで帰れそうだ。あリがとう』
「は・はい!あリがとうございます!」

ドアの閉まる音が聞こえ、大きく息を吸い込み、静かなBARへと戻った。お相手ができなかった常連のお客様も、少々お疲れの様子である。

『マスター、ぽくも帰るとするよ。おっか一のもとへ。そうそう、たしかァ、ボンド・マティニーは・・・。』
「おっか一べ一スですよ」
『なるほど、最後は必ずウオッカ・べースだったんだね。マスター。でも、キツイですよ。マティニーは』
「おっか一の方がね・・・。」
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