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ブラック&ホワイト

今日は、朝からずっと雪である。めずらしく積もりそうだ。
こんな夜は、眠たくなるほど暇になるか、雪が積もるとワクワクする世代で忙しくなるか、どっちかである。

「いらっしゃいませ!」とドアの開く音に反応して、体を振り向かせるといつもの常連さんだ。頭には雪を帽子の様に乗せたまま寒そうに入って来て、いつもの席に雪をはらいながら腰を下ろし、白い帽子がドサッと床に落ちる音がした。
つくずく常連さんとはありがたいものだと、こういう天気のときは感じるものである。

さて、「何になさいますか?今日の最初の一杯は・・・。」と言いながら、いつものボトルに手を伸ばしていた。
『分かってるじゃないですか!聞かないでよ!』
「いやいや、どうも条件反射みたいで・・・。はい、アードベッグ10年のストレート」
『ところでマスター』
「はい、なんでしょう?」
『今日はこんな大雪だし、他にお客様も来そうにないから、席を移ってもいい?』
「どうぞ、どうぞ」 いつもの常連さんにしてはめずらしくカウンターの真中の席に移られた。
『んー、この席もなかなかいいね』
「気付くのがおそいよ!」
『ここから見ると、色んなボトルがたくさんあるもんだね。面白い小物もいっぱいあるし、あのー、いちばん上の棚の真中にある白と黒の犬の置物・・・。』
「あー、あれですか。ブラック&ホワイト(スコッチウイスキー)のノベルティーですよ」
『ウイスキーを買ったときに貰ったんだ?』
「違いますよ!」

そういえば、この犬の置物は、5年ほど前に広島に行ったときに酒屋で譲って貰ったものである。
「これには、ちょっと面白い話があるんですよ」
『へぇー、どんな?』
「その前に、グラスが空じゃないですか!お代わりしましょうか?」
『せっかくだからブラック&ホワイトを飲みたいなー』
「かしこまりました。」と答えて「ブラック&ホワイト・セレクト」をグラスに注いで彼の前に差し出し、私も同じ物をいただくことにした。

『マスターも飲むの!』の声に「はい!話が長くなるもんで!」と言って、5年前に逆上ることになった。

広島は2回目であった。1回目は友人の結婚式で日帰りだったが、今回は、昼間の仕事と夜の懇親会に出るために、泊まりである。
懇親会が始まるまで2時間ほどあるので、酒屋を探し回ることにした。まずはデパートの洋酒売場。それからアーケードの中を歩くことにした。これといって目当てがあるわけではないのだが、習慣になってしまっているようだ。(これはもう病気です) デパートには何一つ欲しいものはなかったのでアーケードに入り適当に歩くことにした。
15分ぐらい歩いたころ、左手に一軒の酒屋があった。中に入ってみると中年の女性が一人である。ショーケースや酒棚を見渡したが欲しいものはない。

『何かお探しですか』と声をかけられ、女性の方に目をやると、奥の棚の上に置物や水差し、トレーがいくつか並べてあった。
その中に“白と黒の犬"があったのである。

以前、大阪の酒屋で同じ物を見つけたとき、どうしても欲しくて頼んだが、『売り物じゃない』といわれてあきらめたことがあった。

「あのブラック&ホワイトの置物が欲しいんですけど」と問いかけた。
『主人が大事にしてる物で、売り物じゃないんですよ』と言われた。予想通りの答えだ。しかもダメなパターンである。このまま帰ろうか迷ったあげくに、もうひとこと話しをしてダメだったら帰ろうと決めた。

「実は九州の佐賀でBARをやってるんですよ、前からあれを探してて、明日はもう帰ります」
「1万円で売って下さい。お願いします」と頼み込んだ。
しばらく沈黙が続いたあと『九州から・・・、私も九州なのよ。福岡だけど』 と少し困った顔である。やっぱりダメかと思っていたとき『主人が大事にしてるものだけど、同じ九州だからね、売ってあげるわ』
「本当ですか?あ・あ・ありがとうございます!」 “やったー!"と頭の中で叫び、目から涙がでそうなくらい嬉しくてたまらなかった。
そして、付け足すように『主人が帰ってくるといけないから、これを持って早く行きなさい』と言われ、気が付いたら袋を手に走っていた。なんかものすごく悪いことをした気分になったが、袋の中を見たら、たまらなくまた嬉しくなった。
と言うことですよ。

『面白い!、マスター』
「でしょう!」
『他にもいろいろあるけどそれぞれに思い出があるんだね』
「そうですよ」とその時、ドアが開く音がした。

「いらっしゃいませ!どうぞ、お好きなところへ」とご案内した。
常連さんはすぐに指定席へ戻り、いつもと変わらぬ空気に戻った。
雪はもう止んでいるみたいだ。 白いコートの女性と黒いコートの男性がカウンターの真中の席に座られた。
女性は少々酔われてるみたいである。男性に寄り添う様に座られている姿が、まるで先ほどまで話していた“犬の置物"みたいである。
今日はこんな日なのか・・・。
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